ハラ揉み術とは

わごいちで提供する独自技術「ハラ揉み術」について解説します。専門的なページになりますがご興味のある方へ。(登場者の敬称は略しています。)

ハラ揉み術の発生

丹力と新日本延命医学療法

わごいちハラ揉み術のベースとなったのは「丹力」という櫻井寛によって開発された施術法である。「丹力」は内臓マニュピレーションという施術法、足圧法、ハート呼吸法、バーズ姿勢法から構成されるが、内臓マニュピレーションのルーツは「新日本延命医学療法」という故宮原一男によって開発された施術法にあるとされる。

わごいちのハラ揉み術は、三宅弘晃が櫻井寛より習得した「丹力」の内臓マニュピレーションをベースに独自の技術を加味して開発したものである。新日本延命医学療法から丹力の内臓マニュピレーションまでは施術姿勢と手の動作がほぼ共通しているが、わごいちハラ揉み術はそれらについて随分変化していることが見て取れる。

引きの日本文化とハラ揉み

「丹力」「新日本延命医学療法」と「ハラ揉み術」の動作上の最大の違いは「押し引き」の違いである。言い換えるならば「運動エネルギーの方向性」の違いである。前者2者は「押し引き」が自由自在であるのに対し、後者は徹底的に「引き」に特化した動作により技術が構成されている。

例えば鋸を例に挙げると、西洋の鋸は押して切るのに対し、日本の鋸は引いて切るそうである。押しの運動エネルギーを利用するか、引きの運動エネルギーを利用するかという文化の相違が垣間見える話である。ハラ揉み術は引きの運動エネルギーを利用してハラを揉む。施術者のハラに向かって相手の内臓や筋肉を引きよせるようにほぐす、それがハラ揉み術の動作上の特徴となっている。

腹部血流への着目

「新日本延命医学療法」の極意は”筋をほぐして球をとる”と伝えられる。詳細は省くが、内臓および全身の筋の所々にできる固まりをほぐすことで病気を治し、健康な状態に戻す技術である。「丹力」は”内臓の癒着を剥がす”ことに強みを持つ技術である。また手技や足圧を使い全身の筋膜の癒着も剥がしとっていくことができる技術である。ハラ揉み術はこれらの技術を踏まえた上で、腹部の血流を向上させる技術を開発し、それらを統合することで、内臓機能を劇的に向上させることに成功したものである。

按腹法との遭遇

なお古来より日本は「按腹」という技術が伝わっている。ルーツは中国とされ、日本では按摩師の一部がこの按腹を伝えてきたようである。三宅は2018年に1人の按腹師に出会いその施術を体験する機会を得た。三宅が受けた按腹は丹力や新日本延命医学療法と相違点共通点様々に発見されたが、東洋におけるハラへの関心の広さを感じさせるものであった。「丹力」「新日本延命医学療法」「按腹」そしてわごいちの「ハラ揉み術」、これらの技術が発生してきた文化的背景の意味を今一度考えることも日本人の健康を考える上で必要ではないだろうか。

ハラ揉み術の適応と効果

施術対象範囲(内臓)

昨今の腸もみや腸セラピーとは違い、ハラ揉み術の施術対象は全内臓器になる。つまり胃、腸、肝臓、すい臓、腎臓、棒鋼、子宮などに直接手で触れて揉み解す。また心臓や肺など胸郭内の臓器については肋骨ごしではあるが、やはり手で揉み解すものである。これらはわごいちにおいて独自に進化した技術であり他に類を見ない。

施術対象範囲(全身)

わごいちハラ揉み術は、ハラを揉むだけではない。ハラを中心に全身を揉むものである。ハラという動物の最大の急所を安全かつ深く揉み解す高度な技術をもって全身を深く深く揉み解していく。よって一般ではあまり揉み解されない鼠蹊部やひざ裏や喉などの急所もまたハラ揉み術の施術対象となる。全身をくまなく解すことによってハラ揉み術は他の技術では得られない施術効果を実現している。

特に効果が期待できる症状

便秘や生理痛、胃痛などの内臓に起因する症状はもちろんのこと、あまり知られていないが腰痛や肩こりなども実際には内臓の不調に起因しているものが多く、それらの症状に対しても顕著な効果が期待できる。また全身の倦怠感やむくみや冷え性などもハラ揉み術により根本的な解消が可能となる。ハラは動物の急所でありそれはつまり生理機能の核心であるのであるから、ハラ揉みは殆どすべての症状対して何らかの効果を期待できる。

効果を得にくい症状

逆にハラ揉み術による施術効果が期待できないものもいくつかある。例えばパーキンソン氏病などの脳神経に由来する症状に対してはこれまでのところハラ揉み術の効果は確認できていない。また末期癌等で腹水が強く溜まっている場合のハラ揉み術の活用は非常に困難となる。これらに対する対処法の確立に向け研究を進めている段階である。

ハラ揉み術の伝承

これまでの技術伝承の取り組み

わごいちで生まれたハラ揉み術と丹足法について、これまでその伝承への取り組みは精力的に続けられてきた。丹足法については千照館という稽古道場を作り、さらに2017年にそれを一般社団法人化し、技術を一般公開し会員へ指導を行っている。今後はプロの丹足整体師を養成しさらに丹足施術者を増やしていくことを計画しており、丹足法の伝承は順調に進んでいる。

一方のハラ揉み術に関しては未だ目処が立っていないのが現状である。これは丹足法に比べ、また他の数多の施術法に比べ、ハラ揉み術は技術伝承は主に二つの難しさを抱えているためである。一つはハラ揉み術は外見の動きでその精度を測ることができないためにマンツーマンでしか指導できないという制約をもつことである。もう一つは、わごいちのハラ揉み術は腹部の奥深くまで手を入れていくものであるために、施術者が相手の信用を完全に勝ち取ることを求められることである。これらの点を克服しないと本当のハラ揉み術は伝承できない。

わごいちが徒弟制度をとる理由

わごいちの技術スタッフは当初アルバイト・パートを雇っていたが、ハラ揉み術を本格的に導入するにあたり徒弟制度へと切り替えた。技術スタッフはハラ揉み創始者である院長を師とし、自らを弟子として衣食住の大半を共にしながら、施術を受ける相手の信用を勝ち取れる人間性を磨いている。このような徒弟制度はかつて日本職人社会では一般的であったが、昨今の風潮にはそぐわず全く廃れてしまった。そんな中で徒弟制度を継続していくことは多少なりとも困難や不自由を伴うものであるが、真のハラ揉み術を習得する唯一の道であると信じ、試行錯誤の徒弟修行を行っている。

整体業界全体としての課題

余計なことではあるが、今の世間一般の整体修行の簡易化には目を覆うものがある。なるべく短期間でそれなりの技術を手に入れたいというユーザーニーズに学校や指導者が迎合し、未熟な整体師を世に送り出している。こんなことを続けていると整体業界全体の信用を落とす結果となり、「整体は怪しい」というレッテルをいつまでたっても取り去ることができないだろう。そしていずれは「怪しい整体を取り締まれ」という行政管理が強まり、全うな施術活動を行っている整体師たちも諸共に駆逐される未来が待っているのではないだろうか。

ハラ揉み術の課題と今後

科学的根拠という壁

何事にも科学的根拠が問われる時代である。では神社で神頼みにも科学的根拠を求めるのかと問いたくもなるが、それはさておき人の健康を左右する医療や整体においてある程度の科学的根拠を求めるのは意味があるだろうと思うし、わごいちとしてもむしろ積極的に取り組みたいテーマである。

但し問題がある。それはわごいちレベルの経営基盤において、科学的根拠を証明できるだけの統計データを集めることは実質的に不可能であるという事実である。もちろん通院者数百名程度の(驚くべき)成果のデータは用意することができるが、統計学的に言うと、それでは科学的根拠としては全く足りないようである。少なくとも万単位のデータを集め、それを統計学的に精密に分析するということ無くして科学的根拠を謳うことはできないとされる。それは不可能であるので、今のところ当院には科学的根拠は無い。

医療の多様性という課題

今ある公的医療も元々は民間医療であったはずである。医者などいない時代からケガや病気はあり、それを経験に基づく薬草やまじない等の治療によって対処してきた歴史が世界各地にある。それらが集約され、いわゆる西洋医療を中心に各種医療が公的医療としてこの日本でも利用されている。

今の日本社会は様々な分野で2極化が進んでいるといわれる。それは言い換えれば白か黒かという価値観と言うことができるかもしれない。白でないなら黒であるべき。このような価値観はわかりやすいが、文化の多様性が損なわれる危険性を孕むだろう。白と黒の間にはグレーがある。白とも黒ともいえない白っぽいグレーや黒っぽいグレーやまだらのグレーがあってもいいはずであり、それらが白黒も含めて多様な文化を繁らせていく。

これは医療も同じであろう。病院は安全で整体は危険。公的医療は信用できるが民間医療はインチキ。そのような単純な見方が徐々に強まっていると感じる昨今、医療の多様性を今一度考えてみることが結局は国民全体の利益になるのではなかろうか。

わごいちの進路

わごいちはこのハラ揉み術と丹足法を2本柱にこれまでもこれからも施術活動を続けていくわけであるが、わごいちはその会員さん方の為だけの整体院であろうとは思わない。和合一致、つまり他人事と自分事を一つに合わせ調和を致す、という理念が我々に語り掛けるのはこの小さな世界だけの調和ではなく、世界全体の調和を致さんとすべしということである。自分だけ、自分の家族だけ、自分の会社だけが調和を保っていても、その外の世界が荒んでいればその害は必ずわが身に及んでくる。その害を防ごうと他者に対して防波堤を築くような行為に勤しんでいると自分たちもまた内部から荒んでくるものであろう。例え小さしといえども、わごいちは常に人間社会全体の調和を求めながらハラ揉み術を通し自分たちの行いを糺していきたい。

ハラ揉み術考案者 三宅弘晃