井上紙鳶の告白

私はわごいちに来た8年前までマッサージというものを全く信用していませんでした。学生時代から肩凝り、頭痛、体の痛みが酷くてバファリンを常用していたのですが、マッサージはその場しのぎのもの、優しすぎるのは気持ち悪いだけだし、強くて良く効くと思ったら必ず揉み返しで熱が出ていた経験があるものですから。今となってはバファリンを常用していたことのほうが安易だったなと思えるのですが、育った環境(父が柔道整復師、鍼灸師だったので)もあって整体にも偏見を持っていました。

 

私がなぜそれまでの価値観を180度変え、整体業を一生の仕事にすることになったかと言えば、長年の病院通いに疲れ果てていたからです。どれだけ薬を飲み続けても治らなかった病気が、わごいちで直ったからです。私は26才からわごいちに来る33才までの7年間、無月経で悩んでいました。「飲んだからと言って治るわけではない」そう言われながら他にできる治療がなく毎日薬を飲み続けました。治りはしなかったし、むしろ副作用で体調は悪化する一方でした。

 

「内臓の位置を正しく戻せば病は自然と治っていく」「治癒力の源はおなかにある」という院長三宅の考えに当時の私は衝撃を受けました。誰でも自分のおなかにある治癒力を復活させることができる、元気を取り戻すことができる、その考えの明快さに目から鱗が落ちる思いでした。

 

実際に施術をはじめた3か月後に自力で生理が来ました。施術と同時に服薬もやめることが叶っていたし、体を整えおなかが整うほどに、いつしか体の痛みもなくなっていきました。身も蓋もない言い方をすれば、治るのか治らないのかです。


ここだけの話、私は病院や薬、そして柔整や鍼灸を含むその他の治療院に怒っていたのだと思います。どうして治してくれないの?という行き場のない怒り、そしてどうしたらいいのか分からない不安に押し潰されていました。それまで胡散臭ささえ感じていた整体ですが、ハラ揉みと丹足が私のそれまでの世界観を根底から変えました。


症状にはちゃんと原因があるのだということ、その原因は自分自身が作ってきたのだということ、それを見極め一つ一つ戻していければ元気な体を取り戻せるのだということ、そしてほとんどの原因はおなかにあるのだということ。おなかを整えずして根本的回復は見込めない現実を知りました。しかしだからと言って病院や薬、その他の治療法を否定するものではありません。

 

8年前、はじめて丹足とハラ揉みを知ったときから、私は丹足とハラ揉みをしたかったのです。不思議だなと自分でも思いますが、施術を受ける側ではなく施術をする側になれば直っていくと直感的に感じたし、とにかくやりたかった。「おなかが源」という考えに、それを体現している方法に心底ワクワクしたのです。


私が整体師になったのは、以前の私と同じように苦しんでいる人を救いたいという気持ちも強くあります。本当の原因を知れば、自分のおなかの中のことを少しでも知れば、もっと生きやすくなるのにという歯痒さもあります。しかしまた、純粋に興味でもあります。だからこそわごいちで、死ぬまで技術を磨き続けたいと望むのだろうと思います。

 

なぜこんなに強くハラ揉みと丹足に惹かれるのか、理由を聞かれてもうまく答えられません。ただ誰もが持っている「おなか」で良いんだ、という安堵感があったのも確かです。ありがたくも望んだことを仕事にさせていただいているのだから、できる限りで人を直したいです。わごいちに通う皆さんのおなかをより深く知り、不調の本当の原因をつきとめること、そうして元気に暮らしていただくことが願いです。人間の治癒力の可能性が無限にあるのと同じだけ、治癒力を引き出す直しの可能性も無限だということを師匠である院長三宅が体現してくれます。まだまだ核心を見る目と触れる手にはほど遠く、話も下手です。誠心誠意で一人一人の体に向き合い、話を聞き、話をして、直せる可能性を深める努力を重ねるだけです。

 

これまでの人生でこれだけ人と密に関わってきたことはありませんでした。おなかを触るとその人への関心が深くなるようです。関心が深くなるほどに、私自身心安らぐのを感じるから不思議です。そうして皆さんと一緒に施術を作っていくわごいちの一員として積み重ねていきたいと思います。

 

 

井上紙鳶