わごいち院宝物語①幸之助さんの日めくりカレンダー

思えば長い付き合いになる。

 

2001年12月に整体院を開業してから、色んな人、色んな物がやってきて、共に過ごし、去っていった。開業したのは29歳の時。令和8年の今は53歳。この24年間、ずっとわごいちにあった物ってあるだろうか。いや、わごいちという屋号でさえ2007年生まれの途中参加組だ。はじめからずっとあって、2回の移転を乗り越えて、今もずっと使い続けている物などさすがにないだろう。

 

そう思っていたら、いやあった。あったもなにも、今こうしてキーボードを叩いているデスクの目の前にあるじゃないか。ずっとこうしてここに居るじゃないか。

 

それが松下幸之助さんの言葉をまとめた日めくりカレンダーだ。

 

このカレンダーはどこからきたんだろう。もうその記憶は失われてしまっているけれど、裏面にシールが貼ってある。「住友生命 日高支部」とシールに書いてある。日高と言えば、当時父親が働いていた兵庫県豊岡市の日高だ。そうか、生保の営業さんからもらったものを父がくれたんだな。(でもきっと父も覚えていないだろうな)

 

どういう気持ちで父が開業時の息子にこのカレンダーを渡したかは分からない。けれど由来がつながって少しスッキリした。とにかくにも2001年12月に開業したばかりの私のところにやってきて、2002年からずっと私と共にいた、わごいちでもっとも古い備品ということで間違いないだろう。

 

このカレンダーは日めくり式になっている。一日は「はじめに願いあり」。まさに月のはじまり、物事のはじまりにピッタリの言葉が問いかけてくる。「願いを持っているか」と。

 

とにかく始めるしかなくてはじめた。儲かりそうだからはじめた。なんとなくはじめた。こういうことも意外に多いかもしれない。とりあえずはじめて、あとからなんとなくそれらしい目標や願いを作ることも多いかもしれない。

 

でもそうじゃないよと。願いからはじめるんだよと。願いがあるから物事がはじまるんだよと、幸之助さんは語り掛けてくるように思う。

 

拙書『整体院経営百科』でも「経営は理念から」「理念とはあなたが実現したい未来」と書いているけれど、この「はじめに願いあり」が私の中で作用して出てきた言葉に違いないだろう。

 

他にもいくつか紹介しよう。7日には「評論家より臨床家」と記されている。

 

これを見るたび、なんだか嬉しくなってくる。幸之助さんのような大先輩もやはりここにジレンマを感じていたことがあるんだなと、ちょっと笑えてくる。

 

政治番組を見て「日本の政治家はダメだ~」と嘆いていても何も変わらない。「うちの夫はダメ」と友達に愚痴を言っても何も変わらない。「うちの社長の方針がおかしいんだよ」と飲み屋でくだを巻いてもなにもはじまらない。


大事なことは「自分が」何をするか。まず自分がやってみて、一緒にやろうと相手に求めていかないと、何も変わらない。

 

そんなちょっと踏み込んだ7日のカレンダー。

 

10日はこれまたあたりまえのこと。だれでも「わかっているよ」と言いたくなること。でも本当は誰もわかっていないかもしれないこと。

 

難しいんですよね。「一刻一瞬を無駄に過ごしてはならない」と幸之助さんは書くけれど、きっと幸之助さんも無駄な一刻や一瞬はたくさんあっただろう。一秒たりとも無駄にせず生きていける人なんて、もう人でさえない。デジタル時計じゃないんだから。

 

でもきっと幸之助さんはこう言いたかったのかもしれない。人間の人生というのは、意味と無意味が交互に行ったり来たりしながら時が過ぎていく。全部を意味にすることはできないし、全部を無意味にすることもできない。どっちも必要。どっちも大事。

 

でもだからこそ、できるだけ無意味の時間を減らす努力をしよう。人間というのは放っておくとついつい怠けたくなる生き物だから、「一刻一瞬を無駄に過ごしてはならない」と時々に自分に言い聞かせることが大事なんだと。

 

そんな風に10日の朝にカレンダーを見て思い、よし今日を大切に生きるぞ、と思うのです。でも昼頃にはすっかりと忘れていることも多いのだけど。それも人間ということで。

 

私が経営者として、職人として、一人の人間として、まわりの人たちと大きく違うところ、その一つがこれだと思う。

 

「これは遺伝だから治りませんね」「ストレスを減らさないと治りませんね」「どこも悪くないんだから(あなたの気のせいだから)心療内科で薬もらったら」そんなことを言われた人たちが半ばあきらめつつ、すがる気持ちでわごいちにやってくる。あらゆる手段を講じても治らなかった。でも治したい。でも治し方がわからない。先生助けてと。

 

ここで「大学病院でも原因が分からなくて、漢方や鍼でも治らないなら無理ですよ」というのは簡単。「でも本当に治る可能性はゼロ?まだ見つかっていない原因、直し方があるかもしれない」と思えるかどうか、思考を巡らせあの手この手を尽くせるかどうか。意地になってでも何とかしようと粘れるかどうか。勇気と責任を抱えて挑めるかどうか。私はそうやって今のわごいちを作ってきた。

 

もともと諦めの悪い人間ではあるけれど、この幸之助さんの言葉が何度も背中を押してくれたんだろうと、今思う。

 

本当に厳しい言葉。でもこの言葉から目を逸らさずに生きていけたらどんなに立派でしょうね。


他責は何も生まない。自分への甘えと相手からの反感しか生まない。相手が私を大事にしてくれないのは、私が本当に相手のことを大事にできていないからかもしれない。お客さんがお店に来てくれないのは、私のお店の作り方がどこか間違っているからにちがいない。私が変えられるのは私のことだけ。ならば私は私に向き合おう。

 

わごいちで弟子は師匠にこう叱られる。「その刃、己に向けよ」。私は間違っていない。周りの人が悪いんだという気持ちを持った時、このように叱られる。わごいち徒弟の教え「その刃、己に向けよ」そのルーツはきっとここにある。

 

こんな風に、毎日毎日日めくりをしながら、私は幸之助さんの教えを文字通り日々自分の中に刻み込んできた。休日を除いてわごいちでこのカレンダーがめくられなかった日はない。24年、毎日毎日、「おじいさんの古時計」のように、休むことなくこのカレンダーはわごいちの時を刻み続けてきたんだ。

 

私は29歳で整体院を開業したけれど、前職は会社員だった。父も義父も会社員だった。つまり私も親たちも「経営」というものは未知の世界だった。

 

普通なら、経営の勉強をするだろう。専門書や実用書を読んだり、経営セミナーで学ぶ人も多いだろう。コンサルタントをつける人もいるかもしれない。

 

でも私はそういうことは一切しなかった。誰からも経営術を学ぶことはなかった。時折なんらかの経営をしているお客さんがアドバイスをくれる以外は。

 

そんな私にとっての唯一の「経営指南書」が日めくりカレンダーだった。「道」とタイトルがつけてあるが、まさに私にとってこのカレンダーはわごいちを作っていくロードマップだったのだ。

 

これが良かったんだと思う。ハウツーというか、目先の儲けの経営術ではなく、根本哲学から経営を教えてくれるシンプルな言葉たち。経営の神様が語る磨き抜かれた教えたち。しかしシンプルだからこそ、行間を読まなくてはならない。実際の行動の中で理解度を確認していかなくてはならない。そういう厳格さもある、私にとっては最高の経営指南の書なのだ。

 

今このカレンダーの日めくりは弟子の仕事になっている。かつての私のように、毎朝日めくりをし、自分の仕事を問うていることだろう。そう思うと、このカレンダーはここまでのわごいちを作ってきてくれたものであり、これからのわごいちが「道」を踏み外さないための護りにもなっていくだろう。

 

人は死んでも言葉は残る。わごいちには幸之助さんの言葉が残っている。(つづく)

 

三宅弘晃



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