まさかこんなものがわごいちにやってこようとは。ご縁の不思議さははかり知れない。
前回「幸之助さんの日めくりカレンダー」の話を紹介した。わごいちの歴史と共に、毎朝欠かすことなくめくられてきたカレンダー。優しく分かりやすく、そして深く松下幸之助さんの教えが記されたカレンダー。
「どうやって経営をしたらいいんだろう」「こんなトラブルはどうやったら乗り越えられるんだろう」「どうしたらこの院がもっと人に幸せを提供できるだろう」と時々に途方に暮れるたびこのカレンダーが道を示してくれた。「こう向き合えばいい。こう挑めばいいのだ」と。
そういう意味で、私は間接的に幸之助さんにずいぶん教えられ助けられた。今めくるたびにその感謝の想いが湧いてくる。

そんな私の感謝が届いたのかどうか、まさかの贈り物がわごいちにやってきた。
話は約10年前にさかのぼる。当時わごいちに通っていたお客さんに裏千家の茶道教室をされている女性がいらした。半年か一年ほど通われた時だろうか、ふと彼女がこう言われた。
「先生、使わない衝立(ついたて)があるんですが、ご入り用でないですか?」
和室で統一されたわごいち院内には、古民家からやってきた引き戸や欄間(らんま)など古くて懐かしい日本家具を使っている。そういう内装を見て、もう自宅では使わなくなりかつ捨てるには忍びないものを「ここで使ってもらえないか」と言われることも多い。
でも、その時の衝立はちょっと特別なものだった。
「実は、松下幸之助さんの創業の家を取り壊す時、引き取ったものなのです」
聞けばこの女性は幸之助さんの親戚であり、かつ大きな茶室を持たれているから、色々と家財道具を引き取ることになったのだそう。でもよしずの衝立と、和紙の衝立は使わないでいるので、わごいちで使ってもらえたら嬉しいと、そんなご提案をいただいたのだ。
「和紙の衝立は少し補修が必要ですが、もしそれで良ければ」
良いも悪いもなくいただいた。しかも無償で。ここなら大事に使ってもらえそうだからと、言っていただいた。

よしずの衝立は大小2基ずつ、計4基いただいた。うち2基は知り合いのお店の開業祝いに譲って、わごいちには2基が残っている。
しかし今の時代にこの衝立の風格を活かす内装空間をつくるのはなかなかに難しい。道具が場を選び、人を選ぶのだろう。わごいちは正直なところまだ活かしきれていない。もう少し時間をいただきたい。
さて今回の本題である衝立である。

来た当時の写真を探したが見当たらないのが残念だ。来た当時は、一カ所だけ破れてはいたものの、一面銀紙が貼られた美しいものだった。
使っているうちにというよりも、おそらく紙の耐用年数が尽きただろう、だんだんとぼろぼろと和紙が自然に破れて亀裂が増えていった。
どう直したものかわからないから、破れたところに絆創膏のように御朱印を貼り、日本酒のラベルを貼っていった。そんな小細工を笑うように、だんだんと大きく裂け目が広がっていった。
ああ、もうこれはダメだ、限界だと思って、破れた銀色の和紙をはがしてみることにした。

銀色の表紙をはがしてみると、ちょっとびっくり。なんだかよく読み取れない文章を書いた紙たちが継ぎはぎされて裏紙になっていた。中にははがきなども貼ってあった。
返す返すもこの裏紙たちこそ残しておくべきだったと今残念に思う。もしかしたら当時の幸之助さんの交友関係をしる貴重な資料になったかもしれない。
でもその時は、まずなかなか読みにくいし、また人様の手紙を盗み読むような気持ちもして捨ててしまった。

はがしてみると裏紙も風化してボロボロだった。貼られてから何十年かたって紙の寿命が尽きたのだろう。またこの裏紙の感じから察するに、途中で張替え補修があったのだろう。この衝立が創業の家でどんな歴史を重ねてきて、どんな歴史を見てきたか、口があれば語って欲しいものだ。
結局この裏紙も触れるだけで、ぼろぼろと崩れてしまう状態だったので、全部はがした。そのあとすぐに職人さんに直してもらえばよかったのだろうけれど、特に使い道もないし、なんとなく今じゃない気がして、その後わごいちの縁側で眠りに入ることになった。
再び陽の目を浴びるまで、10年の月日を経ることになる。

