今回はすこし横道にはいり、お出かけレポートにお付き合い願いたい。松下幸之助歴史館へといってきたのだ。
今回大修理をしている松下幸之助さんゆかりの衝立(ついたて)。
「松下幸之助創業の家」が取り壊しになる時に、親族の方が引き取り、それが不思議な縁でわごいちにやってきた。
この取り壊された家屋のレプリカが展示されていると知り、これもご縁と訪問するとこにした。
パナソニック工場敷地の一角にそれはあった。最寄り駅の京阪電鉄「西三荘駅」から徒歩3分。玄関で守衛さんに会釈して、さあ衝立のルーツに会いに行こう。
いまやもう世界的に有名なパナソニックであるが、はじめは本当に小さな借家からスタートしたという。どんな歴史をたどったか、どんな経営をなされてきたか、松下幸之助さんの人生が語られる。
これが「松下幸之助創業の家」の再現らしい。この家で松下電器は産声を上げ、艱難辛苦を乗り越えて成長していったのだ。
そんな想像を一生懸命に膨らませて見る。
家内の様子も再現されている。
苦労と難儀は違うと。物もお金もなくて難儀をしても、それを苦労とするかどうかは自分の心の持ちようだと。
さすがは幸之助さんの創業を支えた奥様のお言葉。
病気。病気は難儀だけれど、苦労にするかしないかは自分が決める。これはわごいちでお話していること。
親世代からうわさに聞く「3種の神器」テレビ、冷蔵庫、洗濯機。
高度経済医成長期の生活を変え、日本工業が発展する契機となった商品たち。暮らしを豊かにするものは売れる、と幸之助さんは言う。いまの時代ならそれはなんだろう。AIか?
わごいちの理念「和合一致」との重なり。衝立が来たのも全くの偶然じゃないと思わせる。
自身が仕切るだけじゃなく、優秀な部下を抜擢し、任せ、能力を引き出すことも経営者の力量なのだろう。
マーケティングとは。
当たり前のような誰でも分かっているよと言いそうなことであるが、でも本当に分かっているか、実際に行動できているか?と問うことが大切なのだろう。
先日パナソニックが黒字なのに12,000人の社員をリストラするとニュースで見たばかり。
私の知力では整合が取れない。
特別展で、幸之助さんの経営を支えた番頭、高橋荒太郎さんにも触れた。
幸之助さんが経営哲学、方針を産み出す。社員がそれを聞き、読み、理解する。でもほとんど理解しているつもりでできていない。その隙間を荒太郎さんがひたすらに埋めていく。理念を行動に結びつける。
松下電器はそうやって強い会社になっていったんだろう。
最後はやはり、この言葉で締めくくろう。
~道~
衝立をきっかけに初訪問した松下幸之助歴史館。私にとってそれらは意外なほどに「普通」の言葉たちだった。読めばわかる。何も調べなくても理解できる。そういう言葉しかなかった。
しかしそうあるべきなのだろう。全社員が無理なく理解できなくては、その後の行動化が起こるはずもない。「こうだろう?」「これしかないだろう?」という原理原則をかみ砕いて語り続ける。言い聞かせ続ける。それが経営者の役割なのだろう。私に欠けているところだと素直に反省したい。
同時にふと世の中の経営に目を向けると、そもそも理念がないような会社が多いようにも思う。額縁にいれて社長室に飾ってあるだけの理念にほとんど意味も価値もない。経営者自身が本気で価値があると思うことを一生懸命に社員に伝え続け、理念を共有して仕事をするような働き方でないときっと競争に勝ち残れないし、何より働いていてもつまらないのではないかと思う。
時代が変わっても、理念に基づく経営が大事なのは変わらない。その信念は益々深まるひと時だった。
松下幸之助さんへの表敬訪問も終わり、次回いよいよ衝立に絵が入る。
つづく。
三宅弘晃
