前回号で書いた幻のブログ【おなかのなか】。あのブログはわごいちの施術にも大きな影響を与えました。一つは、とにかく胃下垂記事の反響が特にすごくて、いっときは来る人来る人みんな「わたし胃が下がってる気がして」と訴えるほどでした。
それまでは「おなか痩せ」「便秘」「生理痛」などが人気?だったのが、以後は圧倒的に「胃下垂」「内臓下垂」。技術的な難易度は変わりませんが、どうもダイエットで悩む人は元気が有り余っている人が多くて、それはそれで手を焼く訳ですが、胃下垂で悩む人は比較的心配性な人が多くて、それはそれで元気づけや鼓舞をする必要があったりして大変なのです。予約は殺到するし、一日中元気づけをしなくてはいけないし、あのころのわごいちスタッフはかなり疲弊していたように思います。ほんと鍛えられました。
しかし本当に大変になった変化は、癌を抱えた人が通い出したということです。やはり数ある病気の中でも癌の苦しみは別格です。手術の怖さ、薬の副作用、本当に治るのかという不安、家族の悲痛など、それらが一気に襲ってきます。そんな苦しみのさなかにある人が、「ここならなんとかしてくれるかも」とわごいちを頼って来られるようになったのです。
例えば福井の60代男性のHさん。「余命宣告から2か月過ぎた状態ですがみてもらえますか」と相談を受けました。「なにができるかは正直わかりません。治るとか効果がでるとか、そういうお約束はできないです。ただ精一杯免疫力が上がるよう施術をします。それでよければ」とこれは癌患者のどなたにも言うのですが、すると「それで結構です、お願いします」ということで通院が始まりました。
福井から大阪まで奥さんと一緒に毎週通われました。もう病院では緩和ケア以外できることがない。改善もしくは延命の期待はわごいちしかない。藁にもすがるようなお気持ちだったのだと思います。私は私で、遠距離を通う身体的負担に見合うものをお返しできているのだろうか、と毎回思いながら必死でハラ揉みを続けました。
それでも「ここに来させてもらったら希望が持てる」といつも話してくださり、体力がもつぎりぎりまで通われました。もうとっくに余命宣告は数か月もすぎていたのに、それでも元気に通ってくださいました。
私はいま思うのです。もう消してしまった【おなかのなか】ですが、あのブログのお陰でわごいちはいわゆる整体院から、整体の枠組みを超えた整体院になったのです。こんなことを言う先生がいたのかと、こんな先生に整体してもらったら自分にも希望が持てるんじゃないかと、日本津々浦々の人たちにそんな期待を抱かせ、わごいちに導いてくれたのです。私は私でそこまで期待をされたら応えなくてはならない、皆さんそれぞれの苦しみにピリオドを打てる人間にならなくてはならない。そう覚悟を固めたのです。
数か月後、残念ながらHさんはお亡くなりになりました。私は福井のHさんが人生を賭けた田んぼとお墓に手を合わせに行きました。「力不足ですいません」と謝る私に、「主人はわごいちさんのお陰で希望を捨てずに済みました」と奥さんはお話くださいました。(つづく)
三宅弘晃


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